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わたしは京都へ降りた。二等車からも、外国人が四、五人降りて来ていた。わたしは赤帽がみつからなかったので、ホームへ降ろしたトランクをさげて歩み出すと、「ヴァラ」と云って、わたしの小さい蝙蝠傘こうもりがさを背の低い男の外国人がひろってくれた。「メェルスィ・ビヤン!」そうこたえて、わたしは思わず顔のあかくなるような気持ちを感じてたじたじとなってしまった。巴里パリにいたとき、何度かこんな片言かたことを云っていたが、京都でこんな言葉を使うとはおもいもよらないことだ。関西に住み馴れた仏蘭西フランス人なのだろう。橋を渡ってさっさと改札口へ行った。同じ席にいた鼻をすする娘さんも京都で降りてわたしの横を改札口の方へ歩いて行っている。
朝なので、駅の前はしっとりしていて気持ちがよかった。ホテルの旗をたてた人力車が何台もならんでいたりする。東京駅には人力車なんてなかったが、京都は人力車が随分多い処だ。――縄手なわての西竹と云う小宿へ行った。小ぢんまりとした日本宿だと人にきいていたので、どんな処かと考えていたが、数寄屋すきや造りとでも云うのだろう、古くて落ちついた宿だった。前が阿波屋と云う下駄屋で、狭い往来おうらいはコンクリートの固い道だった。荷車に花を積んだ花売りが通る。赤い鉢巻きをした黒い牛が通る。朝の往来はすがすがしかった。わたしの部屋は朝だと云うのに暗くて、天井の低い部屋だった。裏は四条の電車の駅とかで、拡声機の声がひっきりなしにきこえて来る。わたしは小さい机に凭れて宿帳やどちょうを書き、障子しょうじを開けてみたり、鏡台の前に坐ってみたりした。明日の講演さえなければ奈良の方へでも行ってみたいなとおもった。
障子を開けると、屋根の上に細い台がこしらえてあって、幾鉢か植木鉢が置いてある。白い花を持った躑躅つつじや、紅い桃、ぎんなんの木、紅葉、こけの厚く敷いた植木鉢が薄陽うすびをあびて青々としていた。庭が狭いので、屋根の上に植木を置いて愉しむ気持ちを面白いとおもった。如何いかにも京都の宿屋らしいと、わたしは、屋根にある桃の鉢を両手にかかえて机へ置いて眺めた。いい苔の色をしていて、素焼すやきだけれど、鉢は備前焼のような土色をしていた。

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